2. 対人認知とステレオタイプ
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1. 対人認知とは何か
他者の外見や言動、社会的背景などの情報を手がかりにして、その人物の印象を形成したり、感情や意図、パーソナリティなどを推測したりすること 人間の高次の心の働きを示す概念
物の認知と人の認知の相違
把握しようとする特徴の違い
物の認知: 物理的・外面的な特徴の把握に重点
大きさ、形、色など
人の認知: 心理的・内面的特徴の把握に重点
印象、感情、意図、パーソナリティなど
特徴を規定する要素の違い
物の認知: 対象側(客体)がもつ物理的な特徴に規定される部分が大きい
人の認知: 対象を認知する側(主体)の心の働きに大きく左右される
1-1. 中心特性と周辺特性
対人認知によって形成される他者の印象のなかでも「温かい―冷たい」という特性は重要な意味を持つ
リストA: 知的な→器用な→勤勉な→温かい→決断力のある→実際的な→注意深い
リストB: 知的な→器用な→勤勉な→冷たい→決断力のある→実際的な→注意深い
リストAの特性を示された実験参加者はリストBを示された実験参加者に比べ、この人物に対してはるかに良い印象を持ったことが報告されている
リストAの人物は、リストには含まれていない特性(例えば、ユーモアがある)についても、総じて肯定的な評価がなされた
このような印象形成における劇的な変化は、別の特性をその対義語に入れ替えたときには起きなかった
アッシュは「温かい―冷たい」という特性は、私達が他者に抱く印象の中でも中心的な役割を果たすもの(中心特性)であり、他の特性(周辺特性)が含意する意味まで左右するとしている 1-2. 対人認知における既有知識の働き
対人認知は外面的な特徴からの推測だが、入手可能で観察可能な特徴には限界があり、他者の心理的・内面的特徴を推測するのに十分な情報にはなりえない
私達は既有の知識を最大限に利用して、見えない特徴を推測しようとする
例えば、ある人が「正直な」人だと知ると、その人はおそらく「信頼できる」人だろうと、自然に推測することがある
これは、私達が他者の性格について、自分なりの理論を持っているためだと考えられている
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2. ステレオタイプ
2-1. ステレオタイプとは何か
様々なカテゴリーで区分された集団やその成員に対して、抽象化された知識
ステレオタイプは必ずしも正しい知識ではない
加えて、ステレオタイプは抽象化された知識であるため、それがすべての集団成員に適用できるわけではない
2-2. 偏見と差別
ステレオタイプは、特定の集団成員に対する知識、信念、将来の行動予測など、主に認知的な要素のことを指すが、そこにはしばしば正負(肯定的・否定的)の評価が伴う
特定の集団成員に対して抱く評価的、感情的反応
常に否定的ではなく、肯定的な感情反応も偏見の一部
ステレオタイプや偏見をもとに、特定の集団成員に対して向けられる具体的な行動
2-3. ステレオタイプ内容モデル
アッシュの印象形成の研究で中心特性とされた「温かい―冷たい」という特性は、特定の集団成員に対するステレオタイプとしてもよく利用され、概して外集団の成員に対して「冷たい」という特性が付与されやすい しかし、平等主義的な信念が浸透している現代社会においては、特定の集団成員に否定的な特徴のみを付与することは許されないことが多い
そうした背景から、近年では両面価値的ステレオタイプ(ある側面においては否定的だが、別の側面では肯定的なステレオタイプ)がよく見られるという ステレオタイプを人柄の次元と能力の次元の二次元でとらえるモデル
このモデルによると、人柄次元と能力次元に関するステレオタイプは、特定の集団成員が実際に持っている特徴というよりは、ステレオタイプを付与する側と付与される側との関係性によって規定される
自分と敵対関係にあったり、目標が競合したりする集団の成員に対しては、その実態にかかわらず「冷たい」(人柄が悪い)という特性が付与されがちであり、反対に自分の味方であったり、競争相手にならない集団の成員に対しては「温かい」(人柄が良い)という特性が付与されがち
加えて、現代のステレオタイプの多くは両面価値的(相補的)であるため、
敵対関係にあるような集団であっても、特に社会的地位が高く、支配的な立場にある集団の成員に対しては「冷たいが能力が高い」
富裕層、高級官僚、キャリア・ウーマン
自分と敵対的な関係になくても、従属的な立場にある集団に対しては「温かいが能力が低い」
高齢者、障害者、女性一般などの社会的弱者
ステレオタイプ内容モデルにおける人柄次元と能力次元は、暗黙の性格理論における社会的望ましさ、知的望ましさの次元にそれぞれ対応すると考えられている
両面価値的ステレオタイプは正当化されやすいと考えられている
自分より社会的地位が高い集団は能力が高いことを認めざるを得ないが、人柄が良くないと考えることで、心の安定をはかることができる
ステレオタイプを付与される側にとっても、人柄が良くないと思われることは不本意だろうが、能力が高いと認められることによって、否定的なステレオタイプは軽減されることになるだろう
同様に、社会的地位が低い集団に、単に能力が低いということは許容されないだろうが、人柄が良いと付け加えることで、表面的には不当な評価ではないように見える
現代のステレオタイプの多くは両面価値的であるため、相補的でないステレオタイプが付与される対象は、極めて限定的だと考えられている
例えば、人柄と能力の次元でいずれも肯定的に評価されるのは、内集団の成員、特にその社会において多数派を占める集団の成員のみ 人柄と能力の次元でいずれも否定的に評価されるのは、薬物依存者やホームレスの人など
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3. 対人認知の帰結
3-1. 確証バイアス
暗黙の人格理論やステレオタイプが、他者に関する既有知識として対人認知に利用される場合、これらの知識は一種の期待として働き、対人認知を特定の方向に導く役割を持つ 紹介文「講師は非常に温かい人だ」と「講師はやや冷たい人だ」
「温かい」の場合、講師に対してより好意的な評価をする傾向が見られた
より他者に対して配慮があり、形式張らず社交的で、人望があり、性質が穏やかで、ユーモアにあふれ、人情味がある人物と評価していた
さらに学生は授業内で行われたディスカッションにも積極的に参加する傾向が見られた
私達は対象に対して何らかの期待を持つと、その期待を確証する証拠に注意が向かい、それが重要視される一方、反証する証拠は無視されたり、軽視されたりする
期待はまた、行動にも影響する
3-2. 期待としてのステレオタイプ
前半部のみ、後半部も含める、また2種類用意された前半部のうち、いずれの内容のビデオを見るかによって4条件に割り振られた
前半:「少女が学歴の低い両親のもとで育った貧しい家の子ども」 or 「学歴の高い両親のもとで育った裕福な子ども」
後半: 学力が高いとも低いとも判断できる学力テストを受けている様子
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学習場面を観た条件では値の開きが大きくなっている
一般に、社会経済的地位が高い家庭環境の子どもは学力が高く、低い家庭環境の子どもは学力が低いというステレオタイプが持たれやすい
しかしこの実験の結果からわかることは、単に少女の社会的背景がほのめかされるだけでは少女の学力について明確に肯定的、もしくは否定的な推測をするわけではないということ
その結果とは対照的に、実験参加者がビデオを後半部まで見た場合、この少女について推測された学力は、少女の社会的背景によって大きく左右されていた
実験参加者達が、各々自分の期待に合致する証拠により注意を向けた帰結としてこのような傾向が見られたのだと考えられる
3-3. 自己成就的予言
対人相互作用場面においては、ステレオタイプに基づく確証バイアスが自己成就する可能性も持っている
男性には相手の経歴に関する情報とともに、「魅力的な女性の写真」 or 「あまり魅力的ではない女性の写真」
ある一つの側面が際立って良い(悪い)と、他の側面も良い(悪い)と評価されること
この実験で興味深いのは、女性側は相手の男性が自分の写真(実際には偽の写真)を見ていることを知らないこと
女性参加者には相手の男性の写真は渡されなかった
男性が魅力的な女性と話をしていると信じていた場合、相手の女性はより友好的で、社交的で、好ましい会話をしていたことが明らかになった
つまり一方が、相手は魅力的な人だと信じることで、その相手は実際に魅力的に振る舞うようになった
このように、未来の出来事に対して「こうなるだろう」とか「こうなるに違いない」といった、ある種の予言をしていると、当初はそれが真実でなかったとしても、予言をした人の行動の変化を通じて、現実化してしまうことがある
3-4. ステレオタイプ脅威
多くの場合、否定的なステレオタイプが付与された集団の成員はそのことを認識しており、それゆえに、自分の行動によって、そのステレオタイプが確証されることを恐れている
ステレオタイプ脅威にさらされた集団の成員は、本来はそのステレオタイプに合致しない性質を持っていたとしても、それが発揮されず、結果的に否定的なステレオタイプを周りの人に確証させてしまうことが指摘されている
女性には「数学の能力が低い」というステレオタイプが付与されることがある
数学のテストをする際に「このテストの成績には性差は見られない」と、実験者があらかじめ説明をした場合には、実際にテストの得点に性差は見られなかった
「成績には性差がある」と説明した上でテストを行うと、女性の得点は男性よりも低くなった
女性の実験参加者が「もし自分の成績が悪ければ女性は数学ができないというステレオタイプを確証することになってしまう」という懸念を持ち、気負ったことが、課題の遂行を妨げたのだと考えられる
このように、ネガティブなステレオタイプは、それを付与されている集団の成員が、それを覆そうとするがあまり、かえってそのステレオタイプが現実化してしまうことがある
実際には相手が自分に対してそのような予言を持っていなかったとしても本人が思い込むことで、その仮想的な予言を成就するような行動が引き出されてしまうことがある
先述の物の認知の人の認知の違いに加え、対人認知には相互作用があり、それが認知者にも、認知の対象者にも変化をもたらすという点も、大きな違いと言える(→8. 対人関係)